釜口水門
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釜口水門

【 釜口水門の歴史 】 諏訪湖には31の河川が流れ込み、流れ出るのは天竜川のみです。このため諏訪湖は昔か らはんらんをくりかえしていました。 江戸時代から天竜川への出口(釜口)を広げる工事がされ、大正時代には釜口から下流 ) 約1.5kmの間の掘り下げ工事が行われました。 昭和に入っても諏訪湖のはんらんは続いたため、天竜川をさらに掘り下げると同時に、 この掘り下げにより諏訪湖の水位が低下することを防ぐ目的で、昭和7年から初代「釜口 水門」が建設され、昭和11年に完成しました。しかし、その後も水害は続き、昭和36年、 58年に大きな被害がありました。 昭和48年に天竜川水系全体の治水計画が見直され、初代水門の約80m上流に放流能力の 大きな新水門を造ることとなり、昭和63年に2代目「釜口水門」が完成しました。

【 釜口水門の役割 】 (1) 洪水調節 (1) 洪水調節 将来(天竜川の護岸整備が完了したら)諏訪湖の計画 流入量 1,600㎥/sのうち 1,000㎥/sの洪水調節(最大放 流600㎥/s)を行う。当面、天竜川の改修状況に合わせ最 大 430㎥/sの放流を行い、湖周辺及び下流の水害を防ぐ。 (2) 流水の正常な機能の維持 (2) 流水の正常な機能の維持 下流天竜川沿岸の既得用水の補給等を行う。 これらの目的のため、諏訪湖の水位を季節ごとに管理しています。

所在地
岡谷市湊1-9-5